医師 求人の新サービス開始
東海大学付属病院に入院していたEさん(五「八歳、当時)は、多発性骨髄腫の診断を受けていた。
これは骨髄のがんを意味していて、しばしば激痛に襲われる。
先に指摘した痛みのとれない疾病の典型的な例である。
現在、手術療法は不可能であり、特殊な抗がん剤を併用して進行を遅らせるといった治療法しかない。
完治はむずかしいとされている。
平成三年一月からは、インターフェロン療法が行なわれたが、Eさんの症状はおさまらず、三月にはいって高カルシウム血症や腎臓障害があらわれた。
この病院の徳永雅仁助手(当時、三十三歳)は、四月にEさんの主治医のチームの一員となった。
そのときに余命一カ月と見込まれることや病名を患者に告知していないことを告げられている。
骨髄がんの末期患者と認識していたわけである。
同月・八日日ごろからEさんの症状は悪化している。
意識はもうろうとした状態になり、無意識のうちに装着されている点滴やカテーテルを取り外そうとした。
苦痛も大きかったと推測されている。
これを見たEさんの妻と長男が治療の中止を申し出たが、医師団はもうすこし治療をつづけようと励ました。
も苦痛からの解放を望んでいたのは事実のようである。
閏月十三日にEさんの容態はさらに悪化した。
このときの様子を検察側の冒頭陳述吾は次のように書いている。
「エアウエイ装着のためヒユーヒユーという音を立てて呼吸しているので、著しそうに見えたばかりか、その呼吸も不規則に深くなったり、浅くなったり、時には無呼吸となる状態であったので、余命もあとわずかだろうと思い、遅かれ早かれ被害者が死ぬのであれば、息子として、被害者にしてやれることは、このような著しそうなことから解放し、嫌がっていた点滴やフォーリーカテーテルなども全て取り外し、自然の状態で楽に死なせてあげることではないかと考えた」というのである。
加えてEさんの妻は、連日泊まりこんでEさんの看病にあたっていたため、このままでは身体をこわすのではないか、とEさんの息子は考えたという。
こうした冒頭陳述書を読むと、前述した昭和二十四年、三十七年の安楽死裁判と同じような心理経過を辿ったことがわかってくる。
とりは、安楽死裁判になるか否かの微妙な問題も含んでいるので法廷では事実関係が細かに審理されている。
徳永医師は、その後、精神安定剤などを注射している。
Eさんは荒い呼吸を続けているだけだった。
さらにEさんの息子に強く要求されたので、最終的に血液の中の電解質を調整する補正液塩化カリウム二〇ccを原液のまま二時間をかけて左腕の静脈に注射していった。
が宣告された。
この事実が明るみに出て、徳永医師は殺人罪で起訴された。
そして、平成四年九月二十八日から横浜地裁刑事三部で公判が始まった。
検察側はEさんの息子が安楽死を懇願したのは事実であるとしつつも、徳永医師は容態を的確に家族に説明し、懇願の内容を吟味すべきであったと指摘している。
さらに注射の内容を家族は知らなかったという事実をあげて、死期を早めた刑事責任は徳永医師にあるとしている。
医療現場はこの意味を「死んで楽にする」という理解で統一されているために、この間の言葉のやりとりも争点になっている。
安楽死を頼んだか否か、がこういう曖味なかたちになっているのは、現在の医療現場の最大の問題点である。
徳永医師の弁護側は、この治療は家族の強い意思を受けて行なわれたのであり、公訴棄却が望ましいと主張した。
さらに安楽死に準ずる行為であり、違法性はないとも訴えた。
東海大学付属病院のある伊勢原市でも、「徳永医師を救う会」が結成され、この医療は安楽死に準ずるとして、違法性が薄いという運動を始めている。
この事件は、一般には「安楽死裁判」として、報じられているが、これまで安楽死運動にとりくんできた人たちやこの運動を見守ってきた医師の間には、否定的な見解が多い。
たとえば、アメリカのヘムロック協会(安楽死協会)のバンフリー会長でさえ、「安楽死は本人の理性的な意思がもっとも重要です。
本人が医師に依頼するのが絶対条件で、この事件は医師と家族には同情するが、本人の意思がない点で疑問に思われます」といった。
日本尊厳死協会も、本人の意思が明確でないというので、安楽死とはいい難いという立場をとっている。
京大名誉教授で日本生命倫理学会の会長である日・Kは、この事件にひそんでいる問題を鋭く指摘して次のような見解を明らかにしている。
「これを安楽死事件などというのは論外です。
安楽死を求めるのは、患者本人の意思がなければなりません。
家族の意思だけで安楽死が認められるなら、患者はおちおち入院していられません。
自分の知らないところで医師と家族が患者を殺す相談をするということだってありうるではありませんか。
ともかく患者の意思がなければだめなのです。
病状が進んで末期の状態になり、苦痛も増す。
そこで患者本人が安楽死させてほしい旨の文書を残従来比とはどのような死かすということが大切なんです」日・Kによれば、その文書を医師が認めることも条件だという。
そしてこれ以上耐えられないとなったとき、こんどは口頭で安楽死させてほしいというのが必要だといい、文書だけでは有効ではなく、目頭でしかもそれをなんどか確認することが条件になるという。
患者の意識がもうろうとしたり、昏睡状態になったら、悪者は意思を表明できないので安楽死は成りたたないとなる。
安楽死はこのような手続きのトで行なわれる、べきで、それこそが真の安楽死だというのである。
私の知る限り、医師の間でも、この考えが主流になっているように思う。
もっとも東海人裁判では、患者本人の請託がなくても安楽死に準ずる行為といえるのかという点が争点になるだろう。
これには終末期医療をどこでとめるか、それを誰が判断するかという点が含まれていて、安楽死の意味がより広範岡に拡大される法解釈が生まれるカもしれない。
現在、積極的安楽死を法的に保障している同や地域はない。
だが各同ではその動きも起こっている。
アメリカのカリフォルニア州では、一九七六年(昭和五十一年)に制定された自然死法からさらに一歩進んだ安楽死法が住民投票にかけられた。
一九九二年(平成四年)にはいってのことである。
この法案は、積極的安楽死を望む患者とその家族、そしてそれを現実に行なう医師に法的な免責を与えようというのであった。
対象になるのは、治癒の可能性がなく、余命六カ月以内と複数の医師によって確認された患者で、さらにその患者と家族の署名、とくに患者の署名が自身の意思にもとづいているとの立会人の署名も必要とされる。
これらの条件を満たしたうえで、医師は「自殺討助」ができる。
その手段は医師に任せられている。
そして法的には責任は問われない。
妻の安楽死を看取った弁護士が、この法案を提案し、住民投票に必要な三十八万人の署名を集めた。
それが住民投票にかけられたのだ。
一九九二年(平成四年)十一月三日、住民投票の結果、四九パーセントもの賛成を集めたが、少差で否決された。
ここまで法的に明文化するのは、住民にもまだ抵抗が多いということだろう。
だが、積極的安楽死を容認する方向にむかっているとはいえる。
安楽死を公然と認める法案が一九九三年(平成五年)二月にオランダで可決されている。
一九七一年にオランダでは、医師が自らの母親を安楽死させた。
アクセスが大変便利な医師 募集を見に付けてみましょう。医師 募集関連のノウハウを解説します。
さらに軽くなった医師 募集からはシャープな印象を受けました。便利で楽しい医師 募集が満載です。
医師 募集の底値を徹底比較しました。お得な医師 募集が絶対見つかる!
究極の医師 転職が登場しました。医師 転職に磨きをかけることができます。
今医師 転職は人々を惹きつけます。また使いたくなるのは医師 転職だけです。
さらに身近になった医師 転職を使ってみましょう。あなたに合った条件で医師 転職をサポートします。
医師 求人を親身になってアドバイスいたします。医師 求人をリーズナブルな価格で提供中です。
医師 求人にはとてつもない魅力があります。多くの人が医師 求人を評価しています。
医師 求人にエントリーしてみませんか?専門家が医師 求人についてお答えします。
